2014年08月03日

陶街道五十三次 五番 「赤坂泉」 3

語り合う二人(赤坂泉)

「語りあう二人」 (赤坂泉)


 当時の一大事件となった、この水騒動。争いの一方側の農民は幕府の直轄領となっていたため、厳しい取り締まりを受けた片方の砥部・麻生地区の農民たち。彼らを救うために同地区の組頭であった窪田兵右衛門(くぼたひょうえもん/当時35歳)は、自ら首謀者として名乗り出て、そして死罪となりました。

 この事をきっかけとして、伊予市八倉・宮下及び松前町徳丸・出作の共有泉である赤坂泉が作られたのです。

 満々と清らかな水をたたえる赤坂泉。水は湧水だけでなく、重信川の河床に設けられた馬蹄形(ばていがた)の集水暗渠(あんきょ)で伏流水を集め、堤防下の樋を通して引き込まれてもいて、このような取水方式の泉を「流式泉」と呼ぶそうです。

 赤坂泉は砥部町公認の子供たちの泳ぎ場として人気でした(現在は「遊泳禁止」(2014/8/2 現在)。建設省(現:国土交通省)の“赤坂桜づつみモデル事業”により親水公園として整備され、更衣室、トイレ、休憩所、駐車場も完備し、春は花見、夏は大勢の子供や家族連れが水に親しみに訪れます。

 下流の水路はさまざまな水草の宝庫で、あまり見かけることのないホザキノフサモやキクモの花を、秋には観察することができます。

 隣接する重信川の土手にはウマノスズクサが繁殖し、ウマノスズクサを食草とするジャコウアゲハが、夏の間産卵と羽化を繰り返しています。


(参考文献)
・「重信川流域を中心とする新田開発と水利に関する歴史地理学的研究」 (松山東雲中学・窪田重治 1989年) 

・「砥部町誌」 (砥部町)


posted by とべっこ at 07:56| 愛媛 ☁| Comment(1) | 陶街道五十三次 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月21日

陶街道五十三次 五番 「赤坂泉」 2

140719.jpg

「赤坂泉   〜  2 0 1 4   "夏"   〜   」


 今から約275年前の元文4年(1739年)。

 この年の夏はひどい大干ぱつで、重信川に沿った2つの地区(現在の麻生周辺と八倉周辺)で水争いが起こりました。

 当時の農家にとって、水は命の次に大切なものだと良く言われます。そのため、「水(川からどのように水を引くか)」についてはそれぞれの農家や各地区で細かい取り決めが定められていました。しかし、この年の干ぱつで困った八倉周辺の農民が取り決めを破って水を田んぼに引き始めたのです。

 それがきっかけとなり、2つの地区で水争いが起こり、多くの死傷者がでる大騒動となってしまいました。

 当時の八倉周辺(の一部)は江戸幕府の直轄領となっていたため、この争いの裁きは幕府が直接行いました。取り調べは4年にもわたりましたが、この争いの主謀者すらもなかなかわからず、その間に農民は困ばいの極に達していました。

 それを見た麻生地区の組頭の窪田兵右衛門(くぼたひょうえもん)が、その困ばいを救うため、首謀者として名乗り出て、ついに刑場の露と消えたのです。時に35歳の若さでした。


 (参考)「広報とべ 第307号  昭和50年12月1日 発行 」
posted by とべっこ at 05:01| 愛媛 ☀| Comment(0) | 陶街道五十三次 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

陶街道五十三次 五番 「赤坂泉」 1

akasaka2.jpg「赤坂泉」 (砥部町・矢倉)

 水が豊かな町−砥部について、私はずっとそんなイメージを持っています。小さい頃の原体験がそうさせているのかも知れません。

 中学の頃、松山から砥部に引っ越してきて最初に驚いたのは、「水道の勢いが全然違う」という事でした。

 思いっきり蛇口をひねっても、松山では「じょろじょろ〜」くらいだったのが、砥部では、少しひねっただけで水がいきなり「ジャバジャバー!」と出てきて、あわてて蛇口を締めたのを覚えています。その時は、砥部の水道はすごい・・・、と感動しました。
(今思えば、引っ越したのは真夏の7月。松山市ではちょうど水不足のための給水制限をしていたのかも知れません。)

 また、近所(砥部町・原町周辺)を散歩していつも思うのが、農業用用水路の多さ。田んぼや畑、住宅地の道に沿って網の目のように農業用の水路が伸びています。

 田植えが済んだばかりの田んぼに用水路から水が流れ込んでいるのを見ると、「どんどん大きくなれよ」とまだ小さな稲の苗を応援したくります。

 そんな、私にとっては水の豊かなイメージの砥部ですが、実は水については悲しい歴史が隠されています。

 
posted by とべっこ at 11:00| 愛媛 ☁| Comment(1) | 陶街道五十三次 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





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